「暴君ちゃん」

  締めはうどんだと決めていたのに、ご飯が出てきたから、茶碗ごとひっくり返してやったわ。オレは希代の荒くれ者だ。もちろん家の外ではおとなしいけどね、ばぶー。
 オレは3歳。名前はたそそそそそそそそそそ、って長くなるから省く。とりあえず、オレ。オレは暴れる。とにかく暴れる。こないだも世帯主がドアを開けっ放しでうんちをしていたから、力いっぱいドアを閉めて、それからがごがごとノックするかのごとく乱れ打ってやった。秩序は乱れたが、非力なオレもさすがに手を痛めた。おまけに音はものすごくうるさかった。猛省。ばぶ。猛省。
 猛省と猛省の間にはさまれたオレのばぶ。オレは3歳になっても、ばぶばぶ言ってしまう。これは恥ずかしい。そして同時にオレの武器でもある。家の外ではだけど。ばぶーに対する世の中のリアクションは2つしかない。あらまあかわいいー、か、無視。これだ。
 オレが我が家の暴君と化しても、家人たちはきつくあたらない。いさめられることもあるが、お尻を叩かれたり、屋根裏に閉じ込められたり、おやつを抜きにされたり、そういうことはない。なのでオレは安心して暴れてやるわけだ。しかし暴れるのにも腹が減る。目下のところ、オレは成長期なのだ。
 オレにはお昼寝の時間が設けられている。お昼寝の時間にはお昼寝しなくてはならない、というプレッシャーで神経が高ぶっているせいか、うまく眠れないことも多い。そこでオレは予定調和のようにむずかるのだが、基本的にお昼寝と暴れるのは両立しないので、そのときオレはいらいらいしているだけで、暴れない。タオルケットの端をぎりりと噛む程度だ。家人がちらちらとオレの様子を見に来る。こっちみんな。オレはますますいらいらするが、ここは我慢の子、ちゃんと寝てるふりをする。家人はくすりと笑う。暴君として君臨するオレがすやすや寝ているのがそんなにおかしいのか。すやすや寝てなんかない! オレは起きている! そして眠りたい! お昼寝したい!

 夕食はたいてい暴れる。オレはオレンジジュースを飲みたいのに、どうしてか出てくるのはパイナップルジュースだ。家人はオレのことを少しもわかっていない。オレのおしゃべりがままなりさえすれば! ばぶー以外にも口にすることができるならば、どんなにいいことだろう! パイナップルジュースは口の中が痒くなる。オレはコップを跳ねのける。家人がオレをいさめるが、オレは構わず机をぱんぱん叩く。夕飯はギョウザだ。3歳のオレはそんなに好きではない。ぱりぱりしている。あと肉汁がいやだ。味はうまい。
 夕食どきにはテレビを見ているが、ニュースはよくわからないし、興味がない。世界が常に動いているのは歴然とした事実であって、それを確認したところで何の意味があるのだろうか。オレは結局パイナップルジュースをちゅーと吸う。口の中がもしゃっとなる。やっぱり痒い。家人が消化酵素がどうとか言っているが、当然オレは無視だ。
 世帯主がチャンネルを変える。一瞬オレが好きなアニメに変わり、オレはその場に立って、たんたんと飛び跳ねるが、またすぐに別のチャンネルに変えられる。飛び跳ねていたのが地団駄へと変わる。オレなりの抗議。しかし世帯主はさわがしい番組に変える。変えたそばからげらげらと笑っている。低俗であり、低能だ。下品だとも思う。オレはまだ地団駄を踏んでいる。そのあとで、床にちょろっと吐く。やはり餃子が合わなかったらしい。味はうまいのだが。家人があわててタオルを持って来て、オレの口とお腹の汚れを拭う。そしてオレのお腹周りを撫でる。それから汚れた床をきれいにする。オレは食事をやめる。これ以上暴れるのもやめる。
 食事が終わると、オレは寝る。また眠る。オレのベッドは家人たちのものに比べてひどく小さい。変な色の飾りがあってうっとうしい。それが理由で暴れているのだが、誰もわかってくれない。そんなときも、ばぶー、などと言ってしまう。緊張感の欠けた、オレの怒りの言葉がむなしく響く。
 それでもオレはうとうと眠る。長い夜が始まる。オレはおねしょをするが、おむつをしているから安心だ。吸収性抜群なおむつは素晴らしい。お尻は一瞬冷たくなるが、おねしょ関連のことでオレは暴れたりしない。

 夜中、ごそごそと部屋の奥で家人たちがさわいでいる。何やら身体を重ねている。やいのやいのと声を出している。家人たちは裸だ。オレはそれがうらやましい。世帯主に対して、嫉妬した感情すら抱く。オレは心理学の権威ではないから、その感情を表わす言葉を知らない。あるいは誰も知らないのではないだろうか。オレは何だかもぞもぞとする。結果、家人たちは尚も騒いでいる。オレのもぞもぞは加速する。
 しかし暴君のオレもそのどたばたを中断させることはしない。どうしてか、それをしてはいけない気がする。オレはもぞもぞしながら、あんあん言ったり、パンパン音がなったり、ぐちゃぐちゃ、どぴゅどぴゅ言っている中、もぞもぞを我慢して、遠慮がちに眠ろうとする。しかし、そんなときに限って、どたばたはなかなか終わらず、終わったと思ったそばから、また始まる。
 祭? 祭だろうか? オレのもぞもぞは行き場を見失う。暴君のオレはここ最近で一番のおとなしさを見せている。オレは目をつぶり、どたばたを聞いている。オレはすやすやとわざと音を立ててやる。家人たちは気づいていないだろうが、いいか、これは、寝たふりだ!
 オレは寝たふりをしながら誓う。明日は思いっきり暴れて暴れて、暴れまくってやる。

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