「ノンストップ思春期」

 第3の目の存在は、これまでにマンガとか映画とかで聞いたことがあるけれど、わたしの場合、そんなチャクラ的なものとは違って、第3の肘がおでこの中心に生えてしまう。ときどき、それも緊張する場面に限って、肘が飛び出す。肘のこりっとした骨だか関節みたいなところが、ひたいから出てくるのだ。痛くもないし、かゆくもなくて、中途半端でできそこないの突起物みたいなんだけど、やっぱり、ていうか、明らかに肘だ。でもそんなひたいから生えるものを人は肘なんて言わないのかもしれない。手で触ってみると、突起物の表面はやたらとがさがさしている。触り心地だって、普通に腕を曲げて付きだしたときの肘っぽい。そんなものがおでこから生えてくる。だけど超能力的なものに目覚めるみたいな、たとえば、未来が見えるとか、人が考えていることがわかるとか、そういうことは一切ない。だって、目じゃなくて肘だから。そんな何の恩恵ももたらさない第3の肘は、わーわー思っているうちに消える。生えてくるとき同様、わたしの意志とか関係なく、勝手になくなってしまう。肘が生えてくる前も消えたあとも、おでこに変わったところはない。傷や裂け目、線のようなものだってない。元々わたしの顔というか肌はとてもすべすべとしていて、にきびもないし染みだって全然ない。おでこだってつるつるつやつやだ。それがひそやかな自慢だったのに、肘が生えるようになってからは前髪でおでこを隠すようにしている。いつ肘が生えてくるかわからないから、髪だって切りに行けずに自分で切っている。前髪は厚く、それも少し長めに、って、それはもうめちゃめちゃださい。とにかく、第3の目どころか肘っていうのは全然意味がわかんない。理屈があるんだとしたら、理屈に合わない、って思う。わたしの頭に曲げた腕が埋まっているようにも見えるし、それならそれで身体のほかの部分はどこにあるのかわからないし、そもそもこの肘は誰のものなのか、という疑問だってある。わたしの両腕の肘はちゃんとその間も肘としてあるべき場所にあって、だからこそわたしは第3の肘と呼んでいるわけだし、だけどほかの人の肘をちゃんと触ったこともないから、自分の肘がどういうものなのか、その特徴というか、肘的アイデンティティ、ってやつが皆無なので、緊張しながらもばれないようにこっそりと、こしょこしょ、と第3の肘をこそばしたら、ちゃんと、わたしがくすぐったかった。肘の表面はがさがさだし、元々感覚が鈍いところだけれど、でもちゃんとこそばかった。だから、やっぱりある意味ではわたしの肘ってことになるみたいだ。わたしの、第3の肘。
わたしは普通の女子高生で、部活は無所属で、成績も普通の高校の中でも中くらいで、特別かわいくもないし、男の子とは1人しか付き合ったことがないし、でもすぐ別れたし、全然いやらしいこととかもさせなかったし、って、だからすぐ別れちゃったのかもしれないけど、まあとにかく派手なタイプじゃないのは自分でもよくわかってるし、趣味だって、これです、ってものはない。しいて言えば、わたしのいいところは、おっぱいが大きいくらいだ。肌つやつやでおっぱい大きいなんて最強じゃない? っていうのは実はあんまり思えてない。おっぱいは大きいのがいい、とかは、クラスメイトの女子たちがいいなあ、うらやましい、みたいなことを言うからで、わたしとしてはほんとはよくわかんなかったりする。でもうらやましい、と言われるのはうれしいので、そういうもんなんだな、とも思う。だけど前に、朝、教室に入ったら、いろんな落書きに混じって、黒板にわたしの名前が書いてあって、なんかその隣に、(←Hカップ)みたいなカッコ付きの補足情報があったときには、かなり落ちこんだし、げんなりもした。それ、どこ情報なわけ?? わたしはHじゃなくて、Gカップだ。声を大にしたくはないけど、ささやき声程度でなら訂正したい。
でもまあ、人がうらやむのなら、第3のおっぱいだったらよかったかもな、って考えないではないけれど、それはそれで前髪で隠すには肘よりも大変だよな面倒だよな、だってわたしのおっぱいってまじでかなり大きいから、第3のおっぱいだってきっと大きくて、それこそおでこのあたりが、前髪がこんもりと盛り上がって、変な頭の形になっちゃうだろうな、とも思うと、なんか、肘でもいいのかな、って全然よくないけど。それに、おっぱいだったら乳首がおでこの先の先にある、ってことになって、ちょっと恥ずかしい。性感帯が増えるのって、ときには全然、うれしくなんてない。いや、想像上だけど。何、おでこに何か生えることありきみたいになってるんだ、って話だけど。
 そんなわけで、わたしには肘がときどき生えてくる。それは緊張したときに起こるので、わたしとしてはさらにパニックになってしまう。あたふたと慌てながら前髪を手で抑えるし、顔も下に向けて、あわあわ言い出すので、明らかに挙動不審だ。高校生活ってやつは同級生や先生たちからの視線が多くて、常に緊張しやすい環境なんだなあ、と第3の肘が生えるようになってからつくづく実感している。わたしは元からものすごいあがり症なので、授業中に先生から指名されただけでも真っ赤になってしまう。普段はそれほどでもないのに、人の視線が一斉に集まると、そしてそのことを意識すると、途端に緊張してしまう。緊張が緊張を呼ぶわけで、昔からそうだった。ピアノは発表会がいやで辞めてしまったし、運動会とかでも個人競技に出るともれなくパニックになる。なるべくひっそり生きていきたい、なんて17歳のわたしはすでにそんなことを思っている。できれば、陶芸家にでもなって、屋敷にこもって人生の残りを過ごしたい。美術の成績が決して良くないし、授業も好きではないのに、そんなことをときどき、本気で思う。
 だけどもちろん、緊張する癖をなくして、もっと堂々としていたいな、っていう思いだってある。当たり前だけど、ある。だからこそ、緊張してるときに第3の肘なんて出てきて欲しくない。わたしは怪しさ全開で、先生からの質問に答えようとする。顔は真っ赤で、前髪と両手で隠したおでこに肘を生やしながら、何とかその場をやり過ごそうとする。だけど頭が混乱して、何を答えていいのかわからなくなる。これじゃあますます男の子から人気なんてなくなっちゃうのが、悲しい。切ない。恋したい。ああ、恋したい。というわけで、第3の肘のこりこりでざらざらとした感触は、恥ずかしさの中で、余計にわたしをどぎまぎさせる。やたらと声が裏返る。そのことで、もっとこりこりでざらざらするように感じられる。髪の上から確認するだけでも、すげーこりこりしてる、ちょーざらざらだ、ってそのまんまのことを思う。
 でも、なんか、意外なことは意外なことを呼ぶのかどうかはわからないけど、そんなわたしに告白してきた子がいて、その子の名前は、吉永さゆり、という。この展開には少なくとも2つはツッコミどころがあるように思えるけれど、どうなんだろう。わたしのキャパシティでは、ちょっと処理できない。それで吉永さゆりちゃんはわたしとはクラスが違うけれど、髪が長くて、とてもつやつやとしてきれいなキューティクルっぷりを発揮しているので、むちゃくちゃうらやましい。そんな吉永さゆりちゃんだけど、やっぱりわたしの授業中のあわてふためく様子を知らないから、曲がりなりにも好意を抱いてくれたんだろう、と思う。授業中のこと知ってたら、絶対、こんなことになってないはずだ。でも、高校生のうちから、女の子同士で、みたいな付き合いを申し込んでくるなんて、肝がすわっている、っていうか、超然としすぎてて、なんかよくわかんない。そもそもわたしのどこがいいのかもわからないし、恥ずかしくて聞けもしない。まさか、おっぱいか? おっぱいなのか??? 
吉永さゆりちゃんは名前の通り、奥ゆかしい正統派日本美人、みたいな雰囲気丸出しで、同性だからとか関係なしに、わたしなんかが相手にされるだけでも恐縮しちゃうんだけど、告白の答えを出す前からもうすでにちょくちょくわたしの教室にやって来るし、休み時間とか放課後とか下校時とか何をするにでもついてくるし、やたらと一緒にいようとする。ちょっとうざいってー、とか思うのと、わずかに申し訳ないのと、なんだかクラスメイトに対して優越感を持っちゃうのと、いろいろぐちゃぐちゃになって、結局、付き合うとか付き合わないとかの答えを出してもないのに、この状態をわたしは受け入れ始めている。っていうか、わたしは女の子のことが好きとか、性的にどうとかはないけど、まあまだ害がないからいいか、みたいに思うようにもなっている。
 害って言えば、第3の肘に関しても、まだ誰にもばれてないのだから、いいか、とかも思う。それと同じ割合で、すっごいいやだ、とも当然思ってるけど。じゃあ、第3の何だったらいいのか、みたいなお笑いの大喜利? そういうお題に答えるみたいなやつを夜、眠る前に自分の頭の中でいろいろ考えてみると、さっきも言ったけどおっぱいは却下だし、普通に第3の目だと、お兄ちゃんの読んでたドラゴンボール的な天津飯みたいなあれになりそうなので絶対いやだし、第3の耳もいざ耳ってよく見ると、すっごい気持ち悪い形してるんだよなあ、って思うから怖いし、第3の肺はむき出しだから絶対まずいし、普通に気持ち悪いと思うし、じゃあそれなら第3の腎臓って、内臓系だめってのはさっきと一緒じゃん、や、でも病気の人に移植してあげられるよな、ってまあ普通に2個デフォルトでいたいから1回こっきりしかいやだけどね、と思ってわたしの慈愛が一瞬ほっこりと輝くけれど、やっぱりおでこに腎臓ってのは気持ち悪くてちょっと無理だし、それじゃあ、第3のちんちん、ってそもそも第1もないよー、けらけら、と1人で笑っていたら、吉永さゆりちゃんから電話がかかってきて、元気? とか尋ねられた。その声は神妙で、同時に儚げでもある。それでいて、ナイーブっぽくも聞こえる。まあとにかく、きゃぴきゃぴ、とは程遠い。さすが吉永さゆりちゃん。そんな彼女の言葉にわたしは、うん、まあ、元気だけど、と答えて、そのあとに続く、ときどき肘が3つになるんですけどな、うけけ、という言葉を飲み込む。ちゃんと飲み込んだから、元気だけど、しか聞こえてないはずなのに何故か彼女は笑う。吉永さゆりちゃんは笑い声だってちゃんとかわいくて、そういうのって、なんか、ずるい。でもそんなずるい子にわたしは好かれている。電話しながらも、それを実感する。わたしは空いているほうの手でおでこに触れる。緊張してるわけじゃないから何もないけれど、肘が生えてくる部分は熱を持っている。それだけじゃなくて、携帯電話を握ってるほうの手も結構熱い。つま先だって、わけわからないけど、熱い。
わたしたちはたどたどしく話す。夜は長い。わたしが思っている以上にすっごく長い。電話はなかなか終わらない。切るタイミングだってつかめない。わたしは美しい女の子の声を聞きながら、第3改め、第1のちんちんの可能性についてもちょっとだけ考えている。

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